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なんだかんだで一番おいしくね?
館の中は多くの人―――いや多くの吸血鬼達と、部下の異形達で満ちていた。
もっとも数百を超えるであろうそれらを受け入れつつも、この館は未だかなりの空間的余裕を残している。
数十も部屋があるため、当然その中には使われていない部屋などざらにあった。
そこはおそらく客室なのだろうが、普通の人間の感覚でいえば高級スイートルーム。
大事な客賓を迎え入れるための空間は、館全てと同様に、装飾の細部に至るまで一切手抜きがない。
残念なのは、血が絨毯に垂れ落ちて赤黒いシミになってしまっていることか。
「ぐぉっ……がはっ……」
たった今出来たそのシミは、カルジミールが散々引きずり回された挙げ句床に叩き付けられた為にできたものだった。
ロング・ギャラリーから首を捕まれて引き摺られ、引き摺られ引き摺られ、螺旋階段も引き摺られ、たまに首に力が込められ、苦しげな呻きも聞かなかったかのように、ずるずると連れられた結果がこれだ。
もはや鼻血なのか血反吐なのかもわからない。
「俺が居ないところなら悪口言ってんのかな。そうなの?」
「がっ……」
みしみしみしめし、音が鳴りそうなくらい強力な力で腕が極められていくのがわかる。
床にうつ伏せで転がされている状態だが、声でギャルドが相当怒っているのもわかった。
おそらく、凄く良い笑顔で笑いながら。
「そうだね。じゃあ覚えさせてあげようか?二度と忘れないように?そうしようかな」
「ぐえっ」
カルジミールは首を捕まれたまま腕をとられているので、まともな声も出せない。
『―――潤え』
一言呟いた。
その言葉を発すると同時に、カルジミールは自分を掴んでいる尋常ではない力が、更に強くなるのを感じた。
それこそ音を立てるようにミシミシと。
首をなんとか回転させてみれば、それはギャルドの普段の姿とは異なる姿だった。
先程ロング・ギャラリーで見た変貌を逆再生しているような感覚。
『―――緩め』
中性的だった顔立ちが段々と女の物に変わっていく。
包帯も変化に合わせて緩み、なんとか顔の半分を覆っている状態だった。
体のほとんどが露出しているようなドレスを纏った女が、カルジミールの上体を膝で押さえつけていた。
爬虫類を思わせるような、暴力に飢えた瞳をぎらぎらと光らせながら。
「どう?どうされたい?」
カルジミールの耳元に唇を寄せ、低い声で囁いた。
「このまま延々と絞め続ける?簀巻きにして引きずり回す?三階から叩き落とす?」
「っ……がっ…やめっ………」
「やめないよ?どうするかな。どうしたい?ねえどうしたい?」
首を捕まれる力はぎりぎりぎりと、緩む気配がない。
しかしもがこうとした時、肩に力が篭められて体が回転するのを感じた。
再度打ち付けられた痛みに顔を上げると(ついでに頭も打ち付けられた)、ぐわんぐわん回る視界にギャルドの姿があった。
腰の辺りに乗っているギャルドに、細い指で喉首をがっしと掴まれている。
「何が興奮する?踏まれる?やっぱ踏まれるのがいいかな。それとも女に犯される気持ちを理解してみる?」
「……」
「いいよね?…じゃ…………く………」
視界がぐるぐる回る中、カルジミールの意識はどんどん霞んでいく。
ギャルドが唇を寄せてなにか囁いてきているものの、それすらもわからない。
女の姿の、フェロモンが香り立つような姿も豊満な胸元や美しい脚のラインも、カルジミールは見えていなかった。
館内で最も良い思いをしているのに、本人には全くその自覚がない。
意識が真っ白になったとき、カルジミールは意識下で何か放出したような気がしていたが、本人は全く知らない。
―――次に目を覚ました時は、ボコボコにされた上で中庭に叩き落とされていた。
「……何が起こったんだ……」
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ちなみに、この部屋の扉からラティーシャと子爵が覗いていたりしましたが、真実は闇の中。
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